« SWEET SIXTEEN | メイン | とらや »

さよなら!僕らのソニー

%E3%81%95%E3%82%88%E3%81%AA%E3%82%89%EF%BC%81%E5%83%95%E3%82%89%E3%81%AE%E3%82%BD%E3%83%8B%E3%83%BC.jpg

さよなら!僕らのソニー」(立石泰則 著)を読む。著者の成長と共にあったソニー製品への憧れと期待は同感した。私の中高校時代、どのメーカーであってもポータブルプレーヤーはウォークマンと言っていた。アルバイトしてソニーのウォークマンが欲しくても、ほとんど値引きをしておらず、仕方なく他メーカーのもので、我慢したのを思い出した。(ソニーのウォークマンを手にしたのは社会人になってからだった)そんな10代の経験もあってか、今だにソニー製品への憧れと期待のようなものがあるのは事実だ。
著者はソニーはエレクトロニクス事業がメインで、それを支える技術があってこそのソニーではないかという、しかし現実はモノではなくネットワークやソフト資産を活かした展開がメインにおかれ、技術者の流出もあり、そこから本当にみながわくわくしたモノが生み出されるのかと憂えている。

新聞の書評に「ソニーの変容は、モノへの夢が消えつつある現代におけるメーカーの困難さも伝えている。」とあった、”モノへの夢が消えつつある現代?”本当にそうなのか?と疑問符が付いた。社会主義では、車は動けばよかったし、シャーペンは書ければよかった。でもそれで人びとは満足していたのだろうか?そこには多分、人びとの生活の中で、モノへの夢はなかったのではないか。大袈裟かもしれないが、それが旧ソ連や東欧における社会主義崩壊の一側面でもあったのではないかと個人的には思う。モノへの夢や希望が消えてしまったら、おしまいなのではないかと。

About

2012年01月08日 23:56に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「SWEET SIXTEEN」です。

次の投稿は「とらや」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。