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2008年05月11日

フリーチベット

日記 2008

フリーチベットデモ@東京(2008/5/6)


ちょっと前に団塊の世代のおじさんにインタビューをしたことがある。たぶん今年60歳だろう。学生運動の真っ只中にいた人だ。

ちょっと古びたカラーのフィルム映像で見るデモや集会の映像。その後ろにはフォークソングがBGMとして流れる。……その時代の直後に生まれたボクは、学生運動というものを、当然ながらリアルタイムでは知らない。そのおじさんへのインタビューでは、「革マル」 の意味や、デモの時のヘルメットの色分けのことなど、初めて知ることばかりだった。渦中にいた彼の口から出てきた言葉は、その日常を生きていた、当時の若者の気持ちを克明に描き出しているものだった。

「当時の学生たちを、学生運動に駆り立てたものって、いったい何だったんでしょう?」 という、ボクの見当違いかもしれない質問に、彼はこういう言葉できりだした。

「んー、あれはねぇ、あの当時の時代背景もあるんだけど、ある意味 『お祭り騒ぎ』 の一面もあったんじゃないかと思うね。」


連休の最終日、文字どおりの五月晴れ。空はどこまでも青い。
チベット国旗を朝あわてて印刷してボードに貼り、1時間前に日本青年館に着くと、すでにいくつものチベット国旗がひるがえっていた。「集会」 も 「デモ」 も生まれて初めて。

集会冒頭での、呼びかけ人・牧野氏の挨拶はものすごく語気が強くてびっくりした。「そうか、集会ってのはこういうものなんだ」 と思う。在日チベット人、在日ウィグル人、在日モンゴル人、そして天安門事件以後、日本に亡命して中国の民主化を訴え続ける中国人、この会場に集まった人でも、彼らの実情をちゃんと知ってる人は少ないんだろうなぁと思う (自分もそうだ)。これは聞かないと分からない。

集会の様子

例えばウイグル人。まず、子供たちは学校でウイグル語での教育を受けることができない。自分たちが使う言葉での教育ができないということは、民族の終わりを宣告されるようなもんだ。また、16歳~25歳のウイグル人女性は強制的に中国湾岸部で働かされる。その間、家族との連絡さえできない。

なんてことだ! ウルムチもカシュガルも過去2回、この目で見てきたはずなのに、そんなことは微塵も感じなかった。観光旅行では 「見て」 いるようで、「何も見えてない」 わけだ(唖然)。

「私たちは、『少数民族』 や 『二級』 市民ではありません。チベット人なのです。」
少したどたどしいけど、しっかりした日本語で訴える在日チベット人代表の言葉に、大きな拍手が巻き起こった。


デモ。
結局4200人が参加したらしい。確かにすごい数だった。最後列から見た様子は壮観でさえあった。日本青年館から外苑前、表参道を抜けて代々木まで。沿道の人々の目は、あたりまえかもしれないけど冷ややか。「何騒いでんの?」「信号2回も停められて迷惑!」 的な反応。

まあでも、ともすると自分だって向こう側なわけで…。その気持ちも分からなくはない。4200人 「も」 デモに参加したけど、じゃ、どれだけの人に 「響いたか?」 と考えると意外と少ないだろうなあと思う。もちろんテレビで大きく扱われたというのは効果が大きいと思うけど、多かれ少なかれ歪曲されて伝わってると考えたほうがいい。

文脈があって結論がある。結論だけを突然見せつけてもなかなか納得されないことって多い。「文脈」 を伝えることの重要性と難しさをいつも感じる。チベット問題に対する人々の意識の 「うねり」 を、単なるお祭り騒ぎに終わらせないためには、「文脈」 をきちんと広めることが必要なのだなと思った。この問題に 「気づく」 きっかけを作ってくれたのは、「命がけ」 の僧侶たちだったわけだから。

どこまでも青い空に、タルチョと同じ色合いの、きれいなチベット国旗がたくさんひるがえっていた。


おまけ
前に紹介した 「チベットチベット」、上映会が各地で開催されてます。
http://www.tibettibet.jp/

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2008年05月11日 04:20に投稿されたエントリーのページです。

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