どれだけ時が経てば語りはじめることができるのだろう・・・。
いまの自分の心境を的確に表す言葉でさえ見つけられずにいる。
いや、きっと、探したところでそんな言葉は存在しないのかもしれない。
どんなに言葉を紡ぎたくても、想いと涙が溢れて言葉になりません。
月並みではありますが、でもきっと皆が同じ思いであるように
私も、ただ、ただ、震災で亡くなられた皆様に、深くお悔やみを申し上げ祈るばかりです。
また、被災された方々に心の底からお見舞い申し上げます。

私は、日本との距離をこんなに辛く感じたことはありませんでした。
仮に日本にいたとしても、アタシが無力であることは勿論、変わりないのだけれど。。。
それでも家族をはじめ愛しい人たちの傍にいるだけで、何かが違うだろうという身勝手な想いがそう思わせたのかもしれませんが、自分の根っこである大切な日本が大きく揺らいで、すぐにでも飛んで帰りたくて仕方なかった。
だけれどアタシは、自衛隊として非常時の為に日々絶え間ない訓練を積み重ねているわけでも、 お医者様や看護師さんとして特別の知識があるわけでもないので 、例えいま日本にいたとして、何かをしようとしても、逆に自分がノイズになってしまう可能性の方が高いだろうという事実も否めずにいました。
震災が起きてから、昼夜を問わず、リアルタイムで情報を追っていましたが、あまりの悲惨な状況に、
そして何もできない自分に、心を引き裂かれるようで、涙を流さない日はありませんでした。
葛藤は今も変わらず、また当然のことながら、それは皆同じだと思います。
イタリアの扇動的報道や温度差だけではなく、愛しい祖国から遠く離れているという事実。
悲しいことや、物理的距離、そして何より自分の無力さを打ち消したかっただけなのかもしれないけれど、
毎日ただ必死に日本語、イタリア語の情報を追い続け、双方向で訳し、TwitterやFacebookといったツールを使って情報を共有してきました。あの時は、それが自分に出来るたった一つの小さな小さなことでした・・・。
ブログはそういうわけで、言葉を紡ぐ事さえできず、放置していたわけです。
Googleをはじめ、沢山の特設サイトが立ち上がっているのを目にしていましたし、手を広げすぎても良くない、と。
それでもやはり、アタシの非力さに変わりはなく悔しい思いですが、それと同時に、「いま何も出来ないことに罪を見いだしてはいけないんだ」とも思い、それを自分に言い聞かせて毎日を過ごしています。
そして生かされていることに毎日、感謝しています。
少なくとも現時点では、出来ることなんてきっと本当に限られているんだと思います。
・・・まずはそれを認める強さを持つこと。
そしてそれを冷静に受け止めた上で、「自分に何が出来るか?」を長いスパンで考えていきたいと思っています。
だからこそ、すぐに被災地へ入り、人力を尽くされた方々への深い感謝は尽きません。
本当に本当にありがとうございます。
各国から差しのべられている手にも感謝しています。
愛しい祖国、自分の大事な根っこでもある「日出る国」が、再び明るい未来に照らされる日まで、細くとも長く、一人の日本人として、「アタシの身体で出来る何か」を、「アタシだから出来る何か」を実行していきたいと思います。
どうか全ての日本人が震災のことを忘れずに刻みこみ、その全てを未来に繋げていける、
しなやかな強さをもった、美しい民族の一人であり続けますように。。。
2011年3月末 イタリアにて